行って七度身を洗え
説教集
更新日:2026年02月21日
2026年2月22日(日)受難節第1主日 銀座教会・新島教会主日礼拝 副牧師 岩田 真紗美
列王記下 5章8~14節
神の人エリシャはイスラエルの王が衣を裂いたことを聞き、王のもとに人を遣わして言った。「 なぜあなたは衣を裂いたりしたのですか。その男をわたしのところによこしてください。彼はイスラエルに預言者がいることを知るでしょう。」
ナアマンは数頭の馬と共に戦車に乗ってエリシャの家に来て、その入り口に立った。「エリシャは使いの者をやってこう言わせた。 ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい。そうすれば、あなたの体は元に戻り、清くなります。」ナアマンは怒ってそこを去り、こう言った。 彼が自ら出て来て、わたしの前に立ち、彼の神、主の名を呼び、患部の上で手を動かし、皮膚病をいやしてくれるものと思っていた。イスラエルのどの流れの水よりもダマスコの川アバナやパルパルの方が良いではないか。これらの川で洗って清くなれないというのか。」彼は身を翻して、憤慨しながら去って行った。しかし、彼の家来たちが近づいて来ていさめた。 わが父よ、あの預言者が大変なことをあなたに命じたとしても、あなたはそのとおりなさったにちがいありません。あの預言者は、『身を洗え、そうすれば清くなる』と言っただけではありませんか。」ナアマンは神の人の言葉どおりに下って行って、ヨルダンに七度身を浸した。彼の体は元に戻り、小さい子供の体のようになり、清くなった。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会
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(c)日本聖書協会
Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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受難節の最初の主の日を迎えました。受難節とは、私たちの主イエス・キリストのご復活を祝うイースター(復活祭)に向けて準備をする、四十日の日々の事です。もちろん私たちは、いつでも主イエスの十字架におけるお苦しみと死、復活を思い起こし続けているのですけれども、この期間には典礼色が悔い改めを示す紫色に変わり、特別に主のご受難を深く心に留めます。主は霊によって導かれ、荒れ野に行かれ、四十日四十夜断食されました。その前にはヨルダン川に身を浸して、洗礼者ヨハネから洗礼を受けられ、何一つ悪いことをされていないのにも関わらず、罪人の一人と同じ立場に立ってこの世の命を生きてくださいました。そして、十字架の死の他には何も報いられなかったと、「まぶねのなかに」の讃美歌が証しするように、誰から御礼を言われることも労をねぎらわれることもなく、ただ屠り場へと黙って向かわれたのです。主がそれほどに深く傷つき、命までささげなければならなかったほど、私たち一人一人の罪は深刻で重かったのです。受難節に四十日間の祈りの時を持つ私たちは、この主の御姿を思い、私たちの唯一の贖い主であるイエスさまに倣って過ごします。そして4月5日のイースターを遥かに望み見て歩み出すのです。
過ぐる水曜日は 「灰の水曜日(Ash Wednesday)」で、この日から受難節が始まりました。フィリピンなど、カトリック教会に集われた事のある方はご存知かも知れませんが、「 Palm Sunday(パーム・サンデー)」と呼ばれる 棕櫚の主日」に信徒たちは、一年間自宅に置いていたナツメヤシの葉を持ち寄って受難週の始まりの礼拝をささげます。おおよそ3月の後半の事でありますが、私はカトリック教会の幼稚園に通っておりました頃ヤシの葉を教会堂の脇の広場で灰になるまで燃やし、粉にする奉仕があった事を思い出します。子どもが手伝うと言っても焚火の周りを走り回る位でしたが、そこで作られた灰は、実はとても大事な物で、翌年の灰の水曜日には、その灰を園長であった神父が園児の頭を撫でながら、振りかける事もありました。園児のほとんどはクリスチャン家庭でなかった気がしますし、各家庭も幼稚園の行事の一部として受け入れていた時代でした。しかしいつも普段着で一緒に遊んでくれる園長先生が、その日は祭服を着て園児の席の傍を通られた事が子どもたちにとっては記憶に深く刻まれたものです。衣擦れの音が暗い御堂に響くと、何か特別な事が始まるのだな、と子どもながらに感じ、先生たちが注意しなくても子どもたちの話し声は止み静寂に包まれました。人には罪があるという事を初めて知らされた時の空気は、灰を被る意味が悔い改めに導かれる事だと完全に分からなくても、子ども心に重く響き、指の先まで冷えるような緊張に私たちは包まれました。当時の私は口も重く、いつも園の教職者やシスターたちの忍耐と寛容に支えられいたという事もあって、神さまの愛が身に染みて感じられるのも礼拝堂での行事の時でした。先生方の多くは現在は天に召されていますが、神さまが私の隣人として身近な相談相手だと幼稚園で教わった事は、キリスト教と自分の距離をグッと縮めるきっかけになりました。洗礼や献身などについて勿論何も思い知らない時でしたが、父なる神さまの救いのご計画というのはこんな時からも始まっていた計り知れないものだと改めて今、受難節に思い、祈るものです。
私たちの信仰の歩みは多くの先達の信仰によって育まれながら、神の御手に全く委ねられているものだと、『列王記下』5章全体の御言葉からも今日は思わされるのです。5章に登場するナアマンに与えられた癒しの道筋は、本人は勿論の事、周囲の地位の高い者たち(アラムの王ベン・ハダト二世やイスラエルの王ヨラム等)にとっても、驚きの連続でしかありませんでした。預言者であるエリシャと、ナアマンの家来たちだけは、主の御言葉の癒しの力を最後まで信じてナアマンを時に辛抱強く、神の愛が実現する癒しの道へ導きます。ナアマンは5章1節を読みますと、 「アラムの王の軍司令官として主君に大切にされ、働き振りも上役の目に適う者であった」(5:1)ようです。しかし猛々しい軍服の装いからは推測し難い悩みがあり、それは重い皮膚の病を抱えているという事でした。また自分が忠実に仕えているアラムの王というのは、異教の神「 リモン」を崇め、バアル宗教の崇拝者にも似た偶像崇拝者でした。しかし私の幼少期の話ではありませんが、神の救いのご計画は本人が気づかない所で進んで行き、癒しの御業は、そのルートが人知を遥かに超えていきました。周囲の人々には分からなくとも、本人が深く悩み、誰にも相談する事が出来ずにいたその弱さや恥、惨めさを神は理解しておられたのです。そしてその欠けをもお用いになって神はナアマンに近づかれ、ご自身が選ばれた預言者エリシャを通して救いの道を備えられました。
「ヨルダン川に行って七度身を洗いなさい。そうすれば、あなたの体は元に戻り、清くなります。」(5:10)という神の言葉がナアマンに示されました。しかし最初はこの方法ではなく別の方法を彼は期待していたので、そんな近隣の川で当たり前の事をしても効果があるのだろうかと訝しげに答え、憤りまで露にします。けれども神の御手は最後まで彼を離さず、御言葉が成就しました。ナアマンの家来たちの助言も、非常に優れたものでした。また、この誰にも理解されない、自分自身も治る事を諦めていた病が、治癒への道を辿る事になったきっかけを作ったのは、ナアマンの妻の召し使いだった、という事も主の御業の不思議さを際立たせます。今日の箇所の少し前ですが、「 サマリアの預言者のところにおいでになれば癒してもらえるでしょうに」「(5:3)と、妻の召し使いであった少女がある日、頑ななナアマンの心をほぐすように提案するのです。ナアマンは、今日の聖書箇所に出てくる王のように、怒って衣を引き裂くような猛々しい人間でしたが、この少女の温かい言葉で石のような心は肉のような心になり、衣ではなく心を引き裂かれました。『ヨエル書』2章で預言者ヨエルが告げたように、「 主は言われる。『今こそ、心からわたしに立ち帰れ。断食し、泣き悲しんで。衣を裂くのではなく、お前たちの心を引き裂け。』」(12‐13節)と命じられているのが信仰に立つ私たちなのです。
受難節の最初の主の日、我々はさまざまな日常の怒りから完全に離れ、御言葉にのみ真摯に聞き従いたいと願います。心と共に肉まで引き裂かれ、十字架上で激しいお苦しみに耐える死を成し遂げられた主イエスが、私たちの誰にも言えない弱さや傷を共に担い、癒しの御業を貫徹され、罪と死を完全に滅ぼされました。そしてその救いの道を振り返る時には、何が罪なのか、どこから救いが始まるのか皆目見当もつかずに彷徨う私に、教会の仲間たちの信仰が主の御手と共に加えられ、添えられて、さらに病の者には速い癒しを与えられる事に気づきます。この時、「御言葉は速やかに走る」(詩編147:15)のです。
「行って七度身を洗え」という主のご命令から、古代教父たちはキリスト者の洗礼の恵みを読んできたそうです。エイレナイオスや、ニュッサのグレゴリオスなどです。ナアマンの癒し自体は勿論洗礼とは違います。けれども「水を通した救い」という点のみならず、洗礼によって信仰が益々神の招きを際立たせ、信仰者の人生そのものを明るく生き生きとした恵みで満たしていくように、ナアマンが病の癒し以上の驚くべき救いの確信と信仰を育まれた有様が、この後列王記には克明に記されていきます。ヨルダン川で重い病が癒された後、彼は見た目の皮膚の表面が「小さい子どもの体のように」(5:14)なったばかりでなく、外からは見えない内側の魂にも光を与えられました。彼の心の向きが異教の神に向かっていた昔から、主なる神へと方向転換させられたのです。ナアマンは「子どものように神を信じる者」に変えられました。この世を生き時の王に仕え、それゆえ異教の神を拝む生活は今後も変えられないのですが、我が身を恥じて、その事でも主の赦しを乞いたいと願う悔い改めの思いを抱くようになったナアマンは、「イスラエルのほか、この世界のどこにも神はおられないことが分かりました」と15節で主なる神への信仰を告白します。自分がこの世の上役に仕える僕であるという現実からは逃れられず、偶像崇拝を伴う「リモンの神殿」でひれ伏さなくてはならない時にも、「主がそのことについてこの僕を赦してくださいますように」(5:18)と彼は願います。そして預言者エリシャから「安心して行きなさい」(5:19)と、子どものように清くされた背中を押されるのです。まるで、福音書の中で語られる主イエスの癒しを受けた「長血の女」(マルコ福音書5:25‐34)のようにです。「あなたの信仰があなたを救った。安心して行きなさい。」(同5:34)と言われたかのように、異教の地でも主なる神さまを仰ぎ礼拝する心を堅く持ち続けたいと願うナアマンの信仰を、預言者は主の憐れみをもって神と共に見つめ、この世に送り出しました。神のご支配と自由な愛に、エリシャはナアマンを完全に委ねたのです。「神の人」とはこのように神を深く信じ、神が人に命を懸けてお与えになった十字架に露にされた信仰を信じ抜き、洗礼への道筋、救いへの道を完全に神の御手に委ねる事が出来る人なのだと、伝道者としても今日の箇所を真摯に受け止めねばならないと思わされました。改めて、この後歌う讃美歌「キリストには代えられません、世の宝もまた富も、このお方が私に代わって死んでくださったゆえです」と讃美する心が呼び醒まされる受難節を、共に祈りながら過ごしてまいりたいと願います。求道中のお一人お一人にも、受難節の一日一日は神の御手が確かに働いておられます。迷いや戸惑いが与えられる時も、病に伏す時も、インマヌエルの主の眼差しに包まれてご一緒に、このキリストを信ずる道に繋がってまいりましょう。(祈祷)