「救いの陸を目指して」
説教集
更新日:2020年08月30日
2020年8月23日(日) 聖霊降臨後第12主日 主日家庭礼拝 藤田 健太 伝道師
使徒言行録27章33~44節
27:33 夜が明けかけたころ、パウロは一同に食事をするように勧めた。「今日で十四日もの 間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。 27:34 だから、どうぞ何 か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もな くなることはありません。」 27:35 こう言ってパウロは、一同の前でパンを取って神に感謝 の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた。 27:36 そこで、一同も元気づいて食事を した。 27:37 船にいたわたしたちは、全部で二百七十六人であった。 27:38 十分に食べてか ら、穀物を海に投げ捨てて船を軽くした。 27:39 朝になって、どこの陸地であるか分からな かったが、砂浜のある入り江を見つけたので、できることなら、そこへ船を乗り入れようと いうことになった。 27:40 そこで、錨を切り離して海に捨て、同時に舵の綱を解き、風に船 首の帆を上げて、砂浜に向かって進んだ。 27:41 ところが、深みに挟まれた浅瀬にぶつかっ て船を乗り上げてしまい、船首がめり込んで動かなくなり、船尾は激しい波で壊れだした。 27:42 兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計ったが、 27:43 百人隊長 はパウロを助けたいと思ったので、この計画を思いとどまらせた。そして、泳げる者がまず 飛び込んで陸に上がり、 27:44 残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳いで行くよう に命令した。このようにして、全員が無事に上陸した。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会
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Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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異邦人伝道に多大な貢献を果たした使徒パウロは大変な苦労人でもありました。それは彼の残した手紙や本日の使徒言行録の箇所から伝わってきます。パウロはエルサレムで同胞の ユダヤ人たちから先祖の教えを汚す者として訴えられました。パウロはそこでキリストを力強く証ししますが、彼の言葉が聞き入れられることはありませんでした。しかし驚くべきことに、同胞のユダヤ人たちから拒絶されることによって、パウロの証するキリストの福音は ユダヤ人たちのコミュニティを超え、世界に向けて広がってゆくことになりました。ローマ総督フェリクスの前で、ユダヤの領主アグリッパの前で、パウロは福音を証し、キリストの福音を力強く弁明します。遂にはキリストの福音はローマ皇帝のもとにまで及ぼうとしています。私たちの目に挫折や失敗としか映らない出来事を通して、神様の救いの計画は大胆に進展してゆきます。パウロらの乗る船はローマの百人隊長によって護送され、海をわたってローマを目指します。護送されてゆく一人の無力な囚人を用いて、キリストによる救いは全 世界に告げ知らされていったのです。
新共同訳聖書巻末には「パウロのローマへの旅」という地図が掲載されます。この地図を眺めると、パウロらは幾つかの船を乗り換えつつ、沿岸ぞいの安全な航路を辿ることで目的の地を目指したことが分かります。パウロらの船旅は「良い港」と呼ばれたクレタ島の船着き場までは順調に運びました。「良い港」から「フェニクスの港」へと湾岸沿いに移動していた時事件は起こります。クレタの山岳地帯から吹き降ろしてくる「エウラキュロン」と呼ばれる凶悪な暴風が一行の船を襲いました。それにより船の針路は海岸沿いから大きく引き離されます。太陽も星も見えない激しい風の吹きすさぶなか14 日もの間飲まず食わずの漂流生活が続きます。不測の事態の中冷静さを失わず、異邦人の救いのため彼らを励まし、奮闘するパウロの姿が描かれます。14日目の夜になった時、船員たちは船が陸地に近づいた気配を察します。すでに極限状態にあった船員たちは冷たい海中に飛び込み、自分たちだけ泳いで陸地を目指そうとします。彼らの試みはパウロによって阻止され、全員が一緒に陸地 を目指すことに決定しました。教会はしばしば、船に譬えられます。地上で罪の荒波に揉まれ、困難な船旅を共にして神の国を目指します。私たちの内の特定の誰かではなく、私たち一人ひとりの救いを神様が望んでおられることをおぼえ、その目的のために仕えたいと願います。
本日の箇所は 15 日目の船上の様子を伝えます。主が復活された朝の希望の光が、パウロらの船上を照らしました。彼らの中にもはや自分だけの救いを案じる者はいません。困難な船旅を共にして、神様の救いを仰いだ彼らの間に、神様への感謝の思いが行き渡っていました。大きな身の危険は去りましたが、小さな不安は後を絶ちません。彼らはひどく憔悴しています。嵐の中では忘れていた空腹が彼らを襲います。「今日で十四日もの間、皆さんは不安 のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるため に必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません。」—パウロの呼び 掛けによって一同の食事が始まりました。パウロが「一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めた」とあります。今朝の船上の食事は、私たちの教会の「聖餐」風景によく似ています。実際この箇所は、初代教会の聖餐を伝えるとされる幾つかの聖書の箇所と同じ言葉によって書かれます(ルカ 22:19、コリント一 11:24)。パウロの祈りにより緊張の糸は解け、一同は元気づけられて食事を開始しました。船の乗組員は全部で 「二百七十六人」です。その全員が「十分に食べてから」、「穀物を海に投げ捨てて船を軽くした」 とあります。かつて主が「五千人」に食べ物を分け与えられた福音書の出来事を思い起します。主ご自身の働きに比べるなら、本日の使徒の働きは小さな働きに過ぎません。主のお働きは使徒たちと比べられるものではありません。しかし小さな使徒にも、神様はその場の全員を十分に満たす破格の働きをさせてくださいました。一同は感謝して、もはや憂いなく、 余分なものは海に投げ捨て、軽くなった船で陸地を目指します。
16 日目の朝を迎えて一同は砂浜のある入江を見つけます。船員たちの脱走を防ぐため小舟はすべて切り離した後でした。大きな船を巧みに操り、海岸にじかに接舷しなければいけませんでした。ようやく見つけた砂浜のある入江も「どこの陸地であるか分からなかった」とあります。けれどもパウロらは「錨を切り離して海に投げ捨てました」。神様が連れて来てくださったその陸地にすべてを懸ける決断をしました。神様への感謝と信頼による決断がそこで成されたと思います。大きく小回りの利かない船は複雑な海岸線にもてあそばれ、船の舳先は 浅瀬にめり込み、激しく打ちつける波によって、船尾は壊れ始めました。―最後の試練の時が、そこで訪れました。陸地を目前にした兵士たちは自らに与えられたこの世の務めを思い出します。「兵士たちは、囚人たちが泳いで逃げないように、殺そうと計った」とあります。しかし、「百人隊長はパウロを助けたいと思ったので、この計画を思いとどまらせた」とあります。―使徒パウロによって蒔かれた種が最後の最後で芽を出しました。パウロの働きにより神様の救いを経験した異邦人たちの中から、神様に救われた他者の命を憐れむ者が生まれたのです。 泳げる者がまず飛び込んで陸に上がりました。残りの者は板切れや船の乗組員につかまって泳ぎました。そうして、すべての者が無事に上陸を果たしました。神様の驚くべき救いが成 就した瞬間でした。
コロナ禍の荒波に揉まれ、私たちの船はどこに向かうのでしょう。目的地は誰にも分かりません。しかし神様は使徒パウロの挫折を用いてご自分の目的を全うしてくださいました。 キリスト者の迫害を使命としたパウロの罪が赦され、異邦人にキリストの福音を伝える者として立てられました。嵐の船の中同乗者たちを力づけ、福音の種を蒔き続けたパウロを通して、異邦人の中から神に仕える者たちが生まれました。嵐の道の途上でも、神様はパウロらに感謝の食事の時を備えてくださいました。最後にはパウロらを救いの陸へと導いてくださいました。神様が導いてくださるその場所に全員が無事に上陸を果たすことを信じ、私たち のこの世の旅を続けたいと思います。
祈り
天の父なる神様、使徒言行録に記されたくすしき御業の証言をお聞きしました。パウロを
異邦人の使徒として召し出してくださったあなたは、あらゆる逆境を益とし、御名の伝道の 器として用いてくださいました。与えられた使命を全うするため、使徒に必要な力を与え、 あなたを知らなかった異邦人たちの中から、互いに仕え合う者を起こしてくださいました。 私たちの一週間の旅路を同じようにお支え下さい。私たちの教会が神様の堅固な船として、 救いの陸を目指して、共に漕ぎ進めてゆくことができますようお導き下さい。
主イエス・キリストの御名によって祈ります アーメン