「目に映る不思議」
説教集
更新日:2022年03月27日
2022年3月27日(日)受難節第4主日 銀座教会 主日礼拝(家庭礼拝) 副牧師 藤田 健太
マルコによる福音書15章1~15節
15:1 夜が明けるとすぐ、祭司長たちは、長老や律法学者たちと共に、つまり最高法院全 体で相談した後、イエスを縛って引いて行き、ピラトに渡した。 2 ピラトがイエスに、「お 前がユダヤ人の王なのか」と尋問すると、イエスは、「それは、あなたが言っていること です」と答えられた。 3 そこで祭司長たちが、いろいろとイエスを訴えた。 4 ピラトが 再び尋問した。「何も答えないのか。彼らがあのようにお前を訴えているのに。」 5 しか し、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。 6 ところ で、祭りの度ごとに、ピラトは人々が願い出る囚人を一人釈放していた。 7 さて、暴動の とき人殺しをして投獄されていた暴徒たちの中に、バラバという男がいた。 8 群衆が押し かけて来て、いつものようにしてほしいと要求し始めた。 9 そこで、ピラトは、「あのユ ダヤ人の王を釈放してほしいのか」と言った。 10 祭司長たちがイエスを引き渡したのは、 ねたみのためだと分かっていたからである。 11 祭司長たちは、バラバの方を釈放しても らうように群衆を扇動した。 12 そこで、ピラトは改めて、「それでは、ユダヤ人の王と お前たちが言っているあの者は、どうしてほしいのか」と言った。 13 群衆はまた叫んだ。 「十字架につけろ。」 14 ピラトは言った。「いったいどんな悪事を働いたというのか。」 群衆はますます激しく、「十字架につけろ」と叫び立てた。 15 ピラトは群衆を満足させ ようと思って、バラバを釈放した。そして、イエスを鞭打ってから、十字架につけるため に引き渡した。
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会
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ポンティオ・ピラトはローマの古い軍人の家系に属したようです。この人物の姓に当たる「ピラトゥス」はラテン語で「槍」を意味する“ピラ”に由来します。そこから辿るならピラトゥスの名は「槍を持つ人」ほどの意味になるでしょうか。ポンティオ・ピラトの親戚筋にあたるルキウス・ポンティウス・エクイリウスはカエサルの殺害に加担し、ティベリウス帝の時代、子孫から執政官を出した人物だそうです。ピラト自身はローマが帝政から寡頭政に移行した後の時代に生きました。軍事的な勤めに従事したのちシリア州にあるユダの5代目の総督に任じられました。およそ500人~600人の歩兵隊を5つと1,000騎の騎兵を持ったそうです。歩兵隊の一隊はエルサレムに常駐しており反乱のにおいがする時はいつでも動かすことができました。それは彼の本拠地であるカエサリアのマリティマに待機させた残りの部隊も同様でした。湾岸都市のマリティマから彼の名が刻まれた碑文も見つかりました。
しかし、歴史的なプロフィール以上に彼の名を人々の記憶にとどめたのは、紀元前2世紀以来、教会が礼拝でささげ続けてきた「使徒信条」の一節です。今朝、私たちもその一節を確かに唱えました。「主は聖霊によりてやどり、処女マリアより生れ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ…。」使徒信条の中に「マリア」とともに記憶されることになった異邦人、ポンティオ・ピラトの名は忘れようのない存在として私たちの脳裏に刻まれております。
マリアとピラトのセットはイエスの誕生と死の記憶です。使徒信条の文言の中でイエスのご生涯はマリアとピラトの二人の人物に挟まれます。イエスのご生涯はマリアの名とともに誕生で始まり、ピラトの名ともに十字架の死で終わります。二世紀の終わりに生きたアンティオキアのイグナティウスやリヨンのエイレナイオスといった教父たちもマリアとピラトの名をセットで言及しました。すでに彼らの教会でも使徒信条は現在に近い形で知られていたのだと思います。
ポンティウス・ピラトは新約聖書中フルネームで言及される例外的な人物です。彼の名は新約聖書中最古の信仰告白の一つとされるコリントの信徒への手紙一15章3-5 節ではまだ言及されません。出来事の正確な記録という意味での歴史記述に関心のあった福音書記者ルカは彼の福音書3章1節、そして福音書に続く彼の第二作目に当たる使徒言行録4章26節以下でポンティウス・ピラトの名を記しています。新約聖書の中では比較的後期の信仰告白のかたちを伝えるテモテへの手紙一6章13節で、ピラトの名ははじめてイエスの受難と結び付いて伝えられます。
信仰告白の中でピラトの名にあえて言及するのには相応の理由があったのだと説明されます。ピラトという実在の人物に言及することで、私たちの世界にお生まれになったイエスが「歴史的存在」である点を強調することになるのだそうです。主イエス・キリストはまことの神であると同時にまことの人であると告白されます。イエスが私たちと同じ大地にお生まれになり、同じ空気を呼われ、同じ食物に生かされ、同じ苦しみを味わわれた点をおぼえるのはことのほか重要であると言われます。
第一テモテの時代の教会や2世紀の教父たちはイエスの人間性を否定する仮現論者たちと闘いました。仮現論者とは、イエスの人間性を否定する人ことでイエスの神としての側面を強調できると考えた人たちでした。神の御子の偉大さを彼らなりに弁護しようと考えたわけですが、その教えには大きな穴がありました。神の御子が人間でないならば、神が私たちを救ってくださる出来事も本物とはならないのでした。人となられた神だけが、私たちの地上の苦しみを本当の意味で理解し、本当の意味で解決に導くことがおできになるのでした。使徒信条におけるピラトの名はこのような観点から私たちをイエス・キリストに関する正しい理解に繋ぎ留めるためのある種のくさびとなると考えられたのでした。
イエスの十字架刑に踏み切るピラトの心情は福音書ごとに様々な描かれ方をしています。ルカによる福音書ではピラトはイエスの無罪をはっきり宣言します(ルカ23: 4)。しかし、その宣言は民衆の反対の声にかき消されます。マタイによる福音書では、ピラトはイエスの死に対する責任を負うことをきっぱり拒みます。ピラトは部下に水を用意させ、群衆の目の前で自らの手を洗います。「この人の血について、わたしには責任はない。お前たちの問題だ」(マタイ27:24)。ヨハネによる福音書の独特な神学的傾向は、イエスとピラトのやり取りを「真理」をめぐる問答として描きます(ヨハネ18:30)。
イエスの死に対するピラトの無実は、神の救済史に対するピラトの積極的な参与という考えにまで発展しました。きわめて例外的な事例であったと思いますが、コプト教会のようにピラトを諸聖人の列に加える決断を下した宗派さえありました。主のご生涯の重要な局面に関わった人物を特別視する傾向があるのはユダに見る通りです。ユダやピラトを格別持ち上げることに抵抗を感じる感覚はプロテスタント的なセンスから言って健全な反応です。確かにピラトはユダの総督としての立場から主の十字架に関わりました。マタイにおいてピラトはイエスの死に責任を負うことをきっぱりと拒みました。だからと言って私たちはピラトという人物を神の救済史に特別な貢献を果たした人と考える必要はありません。信仰告白の中でピラトの名は純粋にイエスの名と業の記念のため唱えられます。私たちは受難節第4主日の礼拝の中で「ポンティオ・ピラト」の名を通して十字架に向かうイエス・キリストの歩みを思いめぐらします。主イエス・キリストの苦難と死を思い巡らします。ピラトの名前の効用はそこに尽きると言えます。
本日のマルコによる福音書ではマタイやルカ、ヨハネと比べて、ピラトの心情はどちらかといえば消極的に描かれます。ピラトは当時の属州の総督たちもかくやと思わせるほどに民衆迎合的な性格の持ち主です。過越祭の祝いの恩赦として、ピラトは捕えた囚人のうちの一人を釈放することで、民衆の感情をコントロールすることができました。そして15節にあるように「ピラトは群衆を満足させようと思って、バラバを釈放」しました。ピラトの兵士たちは辛辣かつ悪質な嫌がらせをイエスに行いました。遂にはイエスをゴルゴタに連れてゆき十字架にかけて殺したのでした。
イエスとピラトのやり取りに関するマルコのきわめて簡潔な描写のハイライトは本日の5節にあると思います。「しかし、イエスがもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った。」―5節に至るまでには、二度にわたるピラトの「尋問」と祭司長たちの訴えが描かれます。一度目の尋問ではピラトは「お前がユダヤ人の王なのか」とイエスに問います。対するイエスのお答えは原文では「あなたは、言っている」との簡潔な二語で済まされる言葉です。解釈の二分される言葉で、肯定とも回答の拒否ともとれる言葉です。そこで3節で祭司長たちが「いろいろ」イエスを訴えるのです。そして4節で二度目の尋問が行われます。「何も答えないのか。彼らがあのように(※もとの言葉では、あんなにまで[うるさく])お前を訴えているのに。」5節:「しかし、イエスはもはや何もお答えにならなかったので、ピラトは不思議に思った」。ピラトの感じた「不思議」はヨハネを除く3つの福音書に共通して伝えられます。
私たちはイエスに接したときピラトが感じたとされるこの「不思議」に固着したいと思うのです。祭司長たちの激しい訴えとは対照的なイエスの沈黙を前にしてピラトは「不思議」な驚きに打たれました。祭司長たちが自分たちの訴えの中であんなにもたくさん語ったのに対して、イエスはただ二言語っただけで、あとはまったく沈黙してしまわれたのです。その奇妙な対照を前にして、ピラトはこの沈黙の人に引き寄せられそこから目を離すことができなくなりました。私たちが受難節に見るべきものもそこにあるのではないでしょうか。それは沈黙して苦しみを受ける主イエス・キリストのお姿です。十字架を忍んで見つめる主の驚きの姿を前にするとき、私たちはピラトのように目を見張り神の御子に目を注がざるをえなくなります。十字架を見つめる苦難のキリスト、ユダヤ人の王冠でなく神の国の栄光を頭に戴くキリストの姿をピラトの目は驚きをもって見つめています。私たちもピラトと同じ驚きをもってキリストのお姿を見つめます。しかし、私たちはキリストと関わりのない異邦人として彼を見つめるのではありません。キリストの御業全体を知る分、私たちは懐疑や未知の恐怖、不安によって苦しみを見るのではなく、希望と感謝をもって神の子の驚くべき御業を見つめます。部外者、観察者のまなざしで苦しみを見つめるわけではありません。苦しみに対する関わり方が根本的に異なるのです。ポンティオ・ピラトは主のご生涯の最も重大な局面の同伴者でした。しかし、ピラトにまさる信仰者の恵みがここにあります。信仰者の感謝のまなざし、希望のまなざしには、苦しむキリストのお姿、苦しむ教会の姿が輝かしい栄光 に照らされ輝いて見えるのです。
祈り
天の父なる神様、私たちに感謝のまなざし、希望のまなざしを与えてくださり感謝いたします。私たちが自らの目で世界を見るとき、私たちの罪や苦しみはどんなに大きく見えることでしょうか。しかし、信仰の目で世界を見るとき、キリストの十字架の前に、私たちの罪はどんなに小さく、苦しみはどんなに希望にみちて見えることでしょうか。今私たちの世界には苦難が与えられています。苦難にあえぐ世界を通して、キリストのご受難を覚えることができますように。キリストの栄光が苦しむ世界を覆っている姿を知ることができますように。私たちの苦しみを覆っておられる主イエス・キリストの栄光を覚えることができますように。神よ、受難節の私共の歩みをお導きください。感謝と希望をもってこの祈りを主イエス・キリストの御名によって御前にお献げします。アーメン