僕(しもべ)は聞きます
説教集
更新日:2022年10月02日
2022年10月2日(日)聖霊降臨後第17主日 銀座教会 主日(家庭礼拝) 牧師 髙橋 潤
サムエル記上3章1~14節
1 少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示される こともまれであった。2 ある日、エリは自分の部屋で床に就いていた。彼は目がかすんできて、見えなく なっていた。3 まだ神のともし火は消えておらず、サムエルは神の箱が安置された主の神殿に寝ていた。4 主はサムエルを呼ばれた。サムエルは、「ここにいます」と答えて、5 エリのもとに走って行き、「お呼 びになったので参りました」と言った。しかし、エリが、「わたしは呼んでいない。戻っておやすみ」と 言ったので、サムエルは戻って寝た。6 主は再びサムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行 き、「お呼びになったので参りました」と言った。エリは、「わたしは呼んでいない。わが子よ、戻って おやすみ」と言った。7 サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった。8 主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼びになったので参りました」 と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、9 サムエルに言った。「戻って寝なさい。もし また呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻 って元の場所に寝た。10 主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエ ルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」11 主はサムエルに言われ た。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。12 その 日わたしは、エリの家に告げたことをすべて、初めから終わりまでエリに対して行う。13 わたしはエリに 告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリ の家をとこしえに裁く、と。14 わたしはエリの家について誓った。エリの家の罪は、いけにえによっても 献げ物によってもとこしえに贖われることはない。」
聖書 新共同訳:(c)共同訳聖書実行委員会
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Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988
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本日の聖書の御言葉はサムエル記上 3 章サムエルが少年の頃の出来事です。主なる神は、まだ成人前の少年サムエルの名を繰り返し何度も呼ばれました。主なる神に呼ばれた少年サムエルは「どうぞお話しください。僕は聞いております。」と答えました。主なる神がサムエルを呼んだときの神の御心を受け止めたいと思います。
サムエル記上の1章から2章には、サムエルの誕生前後のことが記されています。 母ハンナは、子どもが与えられないことで思い悩み苦しみました。そして、主の御前 に祈りました。サムエルの母が熱心に祈る姿は、「ハンナの祈り」として覚えられて います。神殿においてサムエルの母ハンナの祈る姿は、当初祭司エリにさえ理解され ませんでした。祭司エリはハンナの祈る姿を見て、酒に酔っていると思ったのです。 そのように誤解されるほど、深い悩みと嘆きを訴えて祈っていました。誤解している 祭司エリに対してハンナは「主の御前に心からの願いを注ぎだしておりました。」と答えました。ハンナの姿を祈る姿であると正しく理解した祭司エリは、ハンナに「安心して帰りなさい、イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と答えました。そして、サムエルが誕生しました。
ハンナはサムエルが乳離れするまで育てましたが、祈りにおいて約束したとおり、乳離れしたサムエルを主に委ねました。具体的には、幼子サムエルを祭司エリに託しました。幼子サムエルは祭司エリの家族の中で生活し主に仕えました。
祭司エリとサムエルは親子同然であったのです。祭司エリには、すでに祭司になっている二人の実の息子がいました。エリにはこの息子たちと共にもう一人の息子といえるサムエルが与えられていたことになります。ここに神の救いのご計画の先手が打たれていたことが後から分かるのです。
祭司エリの二人の息子たちは、聖書の言葉によれば「ならず者」で「主を知ろうとしなかった」と 2 章 12 節に記されています。祭司であるにもかかわらず、「ならず者」で「主を知ろうとしなかった」というのです。サムエルはこのような息子たちと共に生きていた事になります。エリの息子たちのならず者ぶりはというと祭司の大切な務めである祭儀を司る姿勢に表れていました。本来祭司であれば誰もが、神殿において神にささげられた肉を焼き尽くす等、儀礼に応じて神にささげなければならないのです。焼き尽くす捧げ物として神にささげる場合、忠実に儀式を執り行うのが祭司の務めです。にもかかわらず、この息子たちは、主への捧げ物を軽んじ、主にささげられた肉を横取りしてかすめとり、自分たちの腹を満たすために食べていました。
このような反面教師を見ながらサムエルは神殿にて成長し、祭司の下働きとして主の御前に仕えていました。祭司エリは、年老いていきます。エリは罪を重ね続ける息子たちを諭しています。サムエル記上2章23節以下「 彼らを諭した。「なぜそのようなことをするのだ。わたしはこの民のすべての者から、お前たちについて悪いうわさを聞かされている。24 息子らよ、それはいけない。主の民が触れ回り、わたしの耳にも入ったうわさはよくない。25人が人に罪を犯しても、神が間に立ってくださる。だが、人が主に罪を犯したら、誰が執り成してくれよう。」しかし、彼らは父の声に耳を貸そうとしなかった。主は彼らの命を絶とうとしておられた。一方、少年サムエルは、すくすくと育ち、主にも人々にも喜ばれる者になった。」
サムエル記は、エリの息子たちの祭司としての罪深い行いを告げることと並行してサムエルの成長を語っているのです。2章の27節以下、神の人がエリの下に遣わさ れ、年老いた祭司エリに対して、息子たちへの指導のあり方を問題として指摘してい ます。「27 神の人がエリのもとに来て告げた。「主はこう言われる。あなたの先祖がエジプトでファラオの家に服従していたとき、わたしは自らをあなたの先祖に明らかに示し、28わたしのためにイスラエルの全部族の中からあなたの先祖を選んで祭司とし、わたしの祭壇に上って香をたかせ、エフォドを着せてわたしの前に立たせた。また、わたしはあなたの先祖の家に、イスラエルの子らが燃やして主にささげる物をすべて与えた。」
神がイスラエル全部族の中からエリの先祖を選んで祭司として神の御前に立たせたこと、イスラエルの子らが主にささげるものをすべて与えたと語られています。その上で、祭司としての職務の重さをわきまえているのかどうか問われます。 「29あなたはなぜ、わたしが命じたいけにえと献げ物をわたしの住む所でないがしろにするのか。なぜ、自分の息子をわたしよりも大事にして、わたしの民イスラエルが供えるすべての献げ物の中から最上のものを取って、自分たちの私腹を肥やすのか。30 それゆえ、イスラエルの神、主は言われる。わたしは確かに、あなたの家とあなたの先祖の家はとこしえにわたしの前に歩む、と約束した。主は言われる。だが、今は決してそうはさせない。 わたしを重んずる者をわたしは重んじ、わたしを侮る者をわたしは軽んずる。」
神の人は、息子たちの「ならず者」ぶりと「主を知ろうとしなかった」罪を父である祭司エリに告げています。なぜ、神の人は既に祭司になっている息子たちに直接断罪しなかったのでしょうか。それは、神の人は家長である祭司エリに対して、神の裁きと同時にこれからサムエルが選ばれるという救いを伝える必要があったからだと思われます。
祭司エリに迫る言葉は、「なぜ、自分の息子をわたしよりも大事にするのか」「自分たちの私服を肥やすのか」と語っています。息子たちへの裁きは死であり、祭司エリの家から永久に長生きする者がいなくなるが、「あなたの家の一人だけは、私の祭壇から断ち切らないでおく」と語られています。
31 あなたの家に長命の者がいなくなるように、わたしがあなたの腕とあなたの先祖の家の腕を切り落とす日が来る。32 あなたは、わたしの住む所がイスラエルに与える幸いをすべて敵視するようになる。あなたの家には永久に長命の者はいなくなる。33 わたしは、あなたの家の一人だけは、わたしの祭壇から断ち切らないでおく。それはあなたの目をくらまし、命を尽きさせるためだ。あなたの家の男子がどれほど多くとも皆、壮年のうちに死ぬ。34あなたの二人の息子ホフニとピネハスの身に起こることが、あなたにとってそのしるしとなる。二人は同じ日に死ぬ。35わたしはわたしの心、わたしの望みのままに事を行う忠実な祭司を立て、彼の家を確かなものとしよう。彼は生涯、わたしが油を注いだ者の前を歩む。 祭司エリに託されたこの言葉を通して、神の人は、祭司エリのならず者の息子たちへの審きを語るだけでなく、同時に神の審きの後の救いを用意しているのです。神の御心を行う忠実な祭司を立てると語られているのです。サムエルのことです。
ハンナの祈りによって、主の顧みによって、誕生したサムエルが、崩壊寸前祭司エリの家を救うために遣わされようとしているのです。サムエルの使命が明らかになります。
本日の共に読んだサムエル記上3章の御言葉は、このようなサムエルの幼い命が託された祭司エリの家が崩れそうになっていることを見通して、少年サムエルが呼ばれているのです。ハンナの祈りからはじまるサムエルの誕生、幼子サムエル、少年サムエルへと成長するまでの間に、神は祭司エリの家の信仰の崩壊の中で先手を打っていたのです。祭司エリの家は世襲制ではなく、世襲制の崩壊に直面する祭司の家を存続させる手立てとして、主なる神はサムエルを選び、名を呼び、招いているのです。
8節、8 主は三度サムエルを呼ばれた。サムエルは起きてエリのもとに行き、「お呼び になったので参りました」と言った。エリは、少年を呼ばれたのは主であると悟り、9 サ ムエルに言った。「戻って寝なさい。もしまた呼びかけられたら、『主よ、お話しください。僕は聞いております』と言いなさい。」サムエルは戻って元の場所に寝た。10主は来てそこに立たれ、これまでと同じように、サムエルを呼ばれた。「サムエルよ。」サムエルは答えた。「どうぞお話しください。僕は聞いております。」11 主はサムエルに言われた。「見よ、わたしは、イスラエルに一つのことを行う。それを聞く者は皆、両耳が鳴るだろう。12その日わたしは、エリの家に告げたことをすべて、初めから終わりまでエリに対して行う。13 わたしはエリに告げ知らせた。息子たちが神を汚す行為をしていると知っていながら、とがめなかった罪のために、エリの家をとこしえに裁く、と。
私たちは主の御前に礼拝をささげています。神の御声を聞くことが赦されています。私たちが祈り、主を賛美する姿勢がサムエルの「僕は聞いております」と答えた信仰の姿勢なのです。神がお与えになる使命がこれから明らかにされます。
神の審きには、必ず、救いの道が用意され、救いの道を歩む者に新しい使命をお与えになるのです。